
text: Fumio Sunada
Date: 2025.08.27

人の記憶。
どんなに人工知能が学習を深めても、到達できない領域。
音や匂い、肌にまとわる空気やその時に訪れた感情。それらが構築したひとつの状態は「記憶」のみに宿る。
七月の草いきれのなか、浮輪を抱えて降りていった海につながるあの坂。
夕方の喧騒に、籠を頭に乗せた老婆の姿を追いながら歩いた市場。
タクシーの連なる深夜の飲み屋街で、酔客に混じり腹を満たしたあの店。
あの人たちはもういなくなり、あの場所もすっかり姿を変えた。
そしてわたし自身も変わってしまった。
また記憶さえも変容し、すこしずつ漂白されてゆくのだろう。
あまりにも沢山の人がやってきて、訪れることができないほどの店が出来て、さほど大きくもない島がその重さに震え始めている。
とてつもないスピードで変わりゆく風景に戸惑うことしかできないでいる。
それでもうつくしい記憶の残滓をつなぎ、あたらしい知恵を注ぎ、人々の生活の景色のひとつになりたいと思う。
だれかが昔を思い返すとき、そのかけがえのない記憶の一部になることができたら、それ以上望むことはない。
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